アトンメントのフランシスコ会 日本地区
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T 司牧 カトリック鶴見教会

 
  
1951
48日、鶴見教会の献堂式が脇田司教司式の元、行われた。鶴見教会は「聖ヨゼフ」を保護の聖人とし、信徒の間で最初に発足したグループは「聖家族会」であり、現在もその名称が使われている。当時は現在の聖ヨゼフ学園に隣接していたが、1970913日、新しい鶴見教会が現在の地で献堂された。

その他、当会会員が過去に派遣された小教区は、貝塚、新子安、津久井、強羅(箱根)、秦野、菊名、中原、長崎県生月、沖縄県名護、宮古などがある

                                                   旧カトリック鶴見教会                                               現在のカトリック鶴見教会

U 教育 聖ヨゼフ学園・聖クララ幼稚園


  195348日、勝野神父を校長に創立された聖ヨゼフ学園は、シャルトル聖パウロ修道女会のシスターの協力により、小学校の1・2学年68の入学者で開校した。その後、19574月には中学校、19604月には高等学校が開校し、現在の体制に至っている。校風である「信・望・愛」の精神を受け継いだ卒業生達が、各界で活躍している。

 19554月、貝塚教会の地下室を利用し、カトリック愛児園が開園された。197511月には幼稚園として認可され、「聖クララ幼稚園」と名称変更し、現在に至っている。

V エキュメニズム (1月18日〜25日キリスト教一致祈祷週間他)


  1908年に当会創立者ポール神父によってはじめられた「教会一致祈祷週間(現キリスト教一致祈祷週間)」の祈りを期間中行うことをはじめとし、 鶴見地区での他のキリスト教との合同祈祷会、全国エキュメニズム委員、日本聖公会・ローマカトリック教会合同委員会などに会員を派遣している。

W フランシスカン・ファミリー

  
 アトンメント会はフランシスコ第三会として、フランシスコ会、コンベンツアル会、クララ会などのフランシスカンファミリーと交流を持ち、合同養成や、代表者会議などに会員を派遣している。


X 黙想の家 藤沢・鵠沼黙想の家

  
 1952
年、藤沢・鵠沼に黙想の家を開いた。会員のみならず、小教区の小グループの黙想、アトンメントのフランシスコ女子修道会の修練院としても、利用された。新しい黙想の家は、2007年5月1日に献堂された。

                   
        鵠沼黙想の家 外観              黙想の家 聖堂

Y 諸宗教対話 WCRP

 
 
1969
年2月、鶴見修道院に隣接する曹洞宗総持寺より僧侶が来訪し、禅の講義など、宗教を超えた交流が行われた。これを皮切りに他宗教との対話活動が盛んになった。1970年に京都で開催された第一回世界宗教者平和会議に開催に当たっては、日本キリスト教連合会の幹事であった藤原神父が日本側の準備委員の一人として参加し、会議中は文書部の一員として働いた。なお、1973年世界宗教者平和会議(WCRP)青年部会設立時にはキリスト教の代表メンバーとして設立に参加した。他方、同神父は世界連邦日本宗教委員会にも長く携わり、理事や諸日本大会の実行委員などを務めた。なお、WCRP青年部会の幹事は平松神父に引き継がれ、現在は小林修道士が引き継いでいる。


Z  奉仕活動 貝塚ホール

 1971年川崎区の共働き家庭の児童のため、川崎留守家庭児ホールが貝塚に開設された。川崎区地域の活動として、奉仕を行い、2001年に廃止になるまで、長い間近隣に親しまれてきた。
  2001年より、貝塚ホールはNPO水曜パトロール会へ活動場所を提供し、川崎地区のホームレス、苦しんでいる人のために、共に奉仕活動を行っている。
 
[ センター活動 アトンメントセンター

 
  
1969
9月、横浜三ツ沢にアトンメント・ハウス(現アトンメントセンターが建設された。ここは宣教の一環として地域の人々に開放され、聖書クラス、キリスト教紹介のクラス、英語クラスからスタートした。現在は空手教室、絵画教室、ピアノ教室などが行われ、地域の多くの人が利用している。

活動概要